アジアンタムの水滴が教えてくれたこと

あらためて感じた命の循環と美しさ


観葉植物のアジアンタム。根元から出た小さな葉があまりに可愛くて、押し花用に「ありがとう」と言いながらカットしました。

押し花アートを続けていると、こうして植物の一部をいただくことは日常の一コマです。美しい葉、可愛らしい花びら。それらを丁寧に選び、作品へと生まれ変わらせていく。その繰り返しの中で、私なりに植物への感謝と敬意を持ち続けてきました。

茎の先に浮かんだ、小さな水滴

しばらくして、ふと見ると、カットしたあとの細い茎の先に、丸い水滴が浮かんでいます。

その瞬間、時が止まったような感覚がありました。

葉を失っても、茎は土から水を吸い上げ、その先へと届けようとしている。すでに失われた葉へ。葉が失われてもなお、懸命に水を送り続けている。その姿に、「存在する命」「生きる力」の強さを感じました。

同時に、私がいただいているものはただの素材ではなく「命」なのだと、静かに、しかし確かに突きつけられた気がしました。

命を繋ぎ、美しさを循環させる

植物の命をいただき、作品という姿に変えるこのアート。日頃から意識しているつもりでしたが、今この姿を前に、胸につまるものがあります。

私が行っているのは、単なる「素材の加工」ではありません。ひとつひとつの植物が持っていた生命を、別の形で残し、循環させていく行為です。

植物は、その一生を終えたあとも、土に還り、新たな命を育む養分となります。私の作品もまた、その循環の一部でありたい。植物が生きた証を作品として残すことで、その美しさと命の輝きを、時を超えて人々の心へと届けていく。それが、私が押し花アートに込める想いです。

儚さの中に宿る、永遠の美

押し花という技法は、植物の最も美しい瞬間を留める術です。しかし同時に、その儚さを受け入れることでもあります。

色は少しずつ褪せ、形は変化していく。それでもなお、そこには命が確かに存在していた証が残ります。完璧ではない、移ろいゆく美しさ。その中にこそ、本当の豊かさがあるのではないでしょうか。

私は作品を通して、そんな「命の循環」と「移ろいゆく美」を表現したいと思っています。見てくださる方の心に、命への敬意と、日常の中にある小さな奇跡への気づきをもたらせたら。それが私の願いです。

今年の私の始まり

アジアンタムが見せてくれたものは、これからの私の在り方を示唆してくれたもの、そんな感覚でした。

この小さな水滴は、命の重みと向き合い続けること、そして受け取った命を次へと繋いでいくことの大切さを教えてくれました。

持続可能な美の在り方。命を大切にする心。それらを作品という形で、これからも表現し続けていきたいと、あらためて沸きあがった心。

これが、今年の私の始まりです。